親孝行したいときには親はなし石に布団は着せられず【コラム】
石に布団は着せられず・・・


親孝行したいときには親はなし石に布団は着せられず【コラム】についてのイラスト



近代医学は日進月歩ですね。

昔は不治の病といわれた結核も現代では完治します。



ただ…

私は、大切な兄を癌で無くしました。

精一杯の治療を望んだために、治らないのに苦しめました。


父母は、大事な息子をなくしたのです。

まだ若かったので進行が早く、手術ができないということで

放射線理療で髪が抜け吐き気も酷く食欲も無くとても辛かったと思います。


母は「食べて体力つけなきゃダメじゃないの!」と

無理無理にも口に押し込んでいました。


父は「…..」何も言いませんでした。

兄の苦しむ姿に何も言えなかったのかもしれません。


でも、そんなある日父は「もう可哀想だから止めようか」といったのです。

私は「だめ!まだ治る可能性があるんだから、絶対にダメ!」と泣きじゃくりました。


最後まで治療を続け、全身管だらけで骨と皮になり空ろな目で兄は言いました。


「もういいから…」


弱弱しく、聞き取れないようなか細い声でいった言葉がいまも耳に残ります。




自分の最後の時には。


あれからもう10年が過ぎました。


父は言います。

延命治療は望まないと。



先日、父が私と2人きりの時に

「兄さんには可哀想な事をしたなぁ。さぞ苦しかっただろうに」

とぽつりと言いました。

わたしは「うん」と小さくつぶやくのが精一杯でした。


「この先、お父さんやお母さんが認知症になった時にはこれを読んでくれ」

そういっておもむろにとりだしたのは、一枚のメモ用紙でした。

私が「何?」と聞けば、


「自分が認知症になって自分の意思で何も決められなくなった時に、どうして欲しいか書いておいた」

そして、「もし病気の終末期を迎えたときどうしたいかも、葬式の事も書いた 」とも。


「そんなこと今からいいよ~」というと


「今だからきちんと自分の思いが伝えられる。」

「子供はもうお前1人だからな、お前にも相談できる兄弟もいない訳だし…」


胸が苦しくてなりませんでした。




介護の形は変わりつつある、でも・・・


むかしの日本では、子供が親の面倒を見ることが当然でした。


だから、母は祖父、祖母を最後まで自宅介護で看取っています。


私が幼稚園の頃には、祖父は寝たきりになっていましたが

まだ元気だった祖母と母とで介護していました。

その後祖母は今で言う認知症です。



でもその時代には施設に入れることは

嫁として最低と周りから言われる時代だったのでしょう。


最後まで、オムツを洗ってました。



「女三界に家なし」と言われますが、まさに母はその最期の世代なんですね。


親に仕え、姑に使え、子供のためにと何振りかまわず

そして自分が姑になる頃には時代が変わり…



「お母さんは知ってるの?」と聞けば

「知ってるよ。二人できちんと相談したんだから。」


「もし、どちらか1人が残った時の事も考えてな」

「悪いが、今私の手にあるお金はそのために使う事になるから、お前にはたいして残らんが…」

「悪いな…」

「・・・」

「あらら、当てにしてたのに残念!」と笑っていいながら

「もうこんな時間。私帰らなきゃ、保育園からかえる時間」と、そそくさと実家を後にしました。



しっかりものの父です。

何でもかんでもきちんとした父です。


でも、悲しくてなりません。

知らないうちに父も母も年老いていたのです。



わたしは迷惑ばっかしかけてきたのに…なにもさせてもらえないなんて。

おとうさんのバカ!と涙が滲みました。


親孝行したいときには親はなし石に布団は着せられず。



今からでも、遅くはないのかな。





                     akikoのコラム



2016年6月26日 17:00




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